素直になれなくて
素直になれなくて。
そんな歌があったなと思いだした。
それよりも、
素直にI'm Sorryか。
まぁ、どちらでもいいのだけれど。
唐突ではあるが、Twitterでしまだあやさんの投稿を見た。
そこには、こんなことが書いてあった。
さっきまで会員制のオンラインイベントに出ていたのだけど、「素直に書けない」と悩み相談があり。
— しまだあや(島田彩) (@c_chan1110) 2020年11月19日
①公園のすべり台のすべる直前のとこに座って書いてみる
②または裸で書いてみる(今は寒いからおふろの中でも良い)
とおこたえした所、早速その状況でツイートしてくださり、とてもうれしい… https://t.co/45NaVlf4D1
なかなかにユニークな返答だなぁと思う。
実際に、こんなことする人いるのか的なアドバイスのような。
しまだあやさんは、本気でこのようなアドバイスをしたのかどうかはわからないけれど、
今の世の中、藁にもすがりたい人達は、ネタ的にトライする人も多数いるのではないかと思う。
自分のストッパーを外したい。
文章を素直に書きたい。
この気持ち、わかる。痛いほど。
文章を書きたいと思えば思うほど。
書かなければいけないと思えば思うほど。
ドツボにハマってしまう。
それは、アクセスを気にしているからに他ならないのではないか。
しかも、自分が詳しくもないカテゴリーに手をだし、
必死になって時間をかけて書く。
その文章が、果たして上手く書けているのか。
キチンとまとまっているのか。
それすらも自分でよくわからないまま、書き続けることが出来なくなったことが何度もある。
数えきれないほどに。
そして。
そんな文章を書いている時は、まったく楽しくない。
全然書けない。
逆に、
気が向いたときに
書きたいことを思うまま紡ぐことは、どんなに楽しいことなのか。
それを知ってしまったら、もう元には戻れない。
内容はあるのか
人が読みたいと思うような文章なのか
アクセスはあるのか
それらは、まったくわからないけれど。
自分の忘備録として、
困ったときに解決できた方法や
その時に感じたことを そのまま書いてみるのも悪くないのではないか。
そう思えるようになった。
結果として、アクセスは後からついてくるかも知れないし、
ファンになってくれる人がいるかも知れない。
まったくダメかも知れない。
でも、それはそれでいいのではないか。
人間だもの。
感情の起伏は、もちろんある。
うれしい時、
楽しい時、
泣きたい時、
怒った時、
いろいろあるだろう。
それらを、包み隠さず、ストレートに、思いのまま紡いでみる。
そして、読み返したりせずに投稿する。
ドラマ「恋人よ」に登場する愛永と航平の郵便局の私書箱を通しての手紙の交換のように。
「親愛なるあなた(君)へ」
そんな気持ちで書いたら気持ちが伝わるのではないかなと思う。
ブログを再開してから数日。
アクセスほぼゼロのブログを書いている人間が偉そうなことは言えないけれど。
ただ、深いことを考えず、読み返すこともせず、気持ちのまま文章を紡ぐのことは、とっても気持ちがいい。
それだけは、間違いない。
ドラマ「恋人よ」で『素直になれなくて』が流れていたことを思いだしたのだけれど、これは偶然です。こんなこともあるんですね。